「第1回こども文化スポーツフェスタ」へジャグリングのブース出店のお誘いを受け、普段一緒にジャグリングの練習をしている仲間と、行ってきた。
上の写真は、その看板とサークル紹介の小冊子。夜な夜な制作し、前日の深夜に完成した。
このイベントは、障害のある子どもたちをメインの対象にしていて、様々なスポーツや遊びを体験してもらうもの。ただし、障害のあるなし関わらず、誰でも参加していいイベントで、実際に、いろんな子どもが遊た。
会場が緑地公園だったので、いわゆる「バリアフリー」ではなかったのだけど、その分は、そこに居合わせた「人の力」で解決しようというイベントの方針も、共感が持てた。実際に、現実の世の中はバリアだらけなんだし。
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さて、ジャグリングの体験には、受付でカウントしただけで 130人くらいの参加があって、大賑わい。それを数人のスタッフでまわすのはなかなか大変だったけど、終わった後、スタッフ全員一致で、「すごく楽しかった!!」と言い合えた。
金山の駅前広場で、ジャグリング公開練習などをやっていた経験も、今回のイベントにつながったと思う。このところの、「一般参加型」のスタイルは、自分がやりたいと思っていたことが形になってきていて、とても大事な活動。
でも、まだ足りない部分も、次々と出てくる。
例えば今回、目の見えない子と皿回しで遊んだのだけど、僕にはまだまだアイディアが足りなかった。もっと何か楽しい工夫ができるはず。
あるいは、恥ずかしくて近づけず、遠巻きに眺めていた子どもに、ちゃんと気づけたか…。仲間の大蔵さんの動きに、助けられたなと思う。
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大学の頃、作業所に遊びに行っていたころから思っていたけど、精神的にハンディのある人の圧倒的な正直さ、うそのなさは、ホントにいいなあと思う。「健常者」に、あんなに素直な表現ができるだろうか。
そういう様子を見ていて、今回ふと、人の「障害の量」は変わらないじゃないかなと思った。
昔、『人の一生の「幸せ」の量はみな同じ。』というような意見を聞いた事があって、間違ってないかもな思ったことがある。大金持ちの人も、庶民も、さほど幸せの総量は変わらないんじゃないかなと。それと同じで、障害の量も、案外変わらないかもしれないと思った。いろいろな「優秀さ」が、何かの妨げになっていることは、たくさんあるはず。
この話しはいろいろ反論もあるかもしれないけれど、ただ、こうやって考えてみると、様々な個性というものが、面白いなと思えるし、そのどれもを肯定できるように思える。
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と、思いつくままに書き連ねたけど、その他にも、発見の多いイベントになった。
両親も遊びに来てくれ、普段、自分が遊んでいる人たちを紹介できたのも、よかったと思う。
「第2回」も計画するそうなので、また、遊びにきたい。